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ヴェトラフ・ウント・クラフ 4「ヒルフローゼ・レーゲン」 2
ブログに書くほどのネタがないので、苦し紛れにVUKのストックを上げてみます。

ここは個人的に好きなシーンなので、ここだけでも読んでいただけると、とても幸せだったりします……!
お暇な方はよろしくお願いします。宣伝!


カード絵描かなきゃな~。
あと、こないだ作った楽器みくじの絵も。
古いにもほどがあるよ。。。

あと できれば +αの楽器が当たった方は内容をナイショにしといてくださると助かります!
誰に言うんだよっていう感じではあるけど。


 ひどく雨が降り出していた。
 僕は、激しい雨音で目を醒ます。薄暗くて寒くて、湿っぽいのに埃っぽい。天井は遥か高く、錆びついた赤い鉄筋の梁がむき出しになっている。色あせたトタンの壁に、僕はもたれかかっていた。見知らぬ場所だった。どこかの廃工場の倉庫のようだ。
 ぼんやりした頭の中で、何があったのか、一つずつ整理してみようと思った。今日僕は学校にいたはずだ。進まない学園祭の話し合いにうんざりして、コンビニにお菓子を買いに行った。そこで偶然、ラドニスに会った。ラドニスは急に逃げ出した。店長さんと、若い刑事さんと一緒にラドニスを追いかけたら、彼は僕のことを万引き犯だと言った。そして、そんなことしていないのに、何故か僕のポケットからガムが出てきた。刑事さんに連れて行かれそうになったとき、空から――あいつが現われたんだ。
 思い出すだけで、頭が痛くなるような信じられないことばかりが次々と起こった。父さんを殺したヴェトラフに出会ったら、なんとそいつの背中には翼が生えていた。追いかけてきたカラスさんが指を振っただけで、植え込みの枝が切れたのも覚えてる。それから僕はヴェトラフに抱きかかえられて、連れ去られたんだ。
 そうだ! ヴェトラフはどこに行った? 僕をここに置き去りにして、逃げてしまったんだろうか?
 僕は慌てて立ち上がった。制服はもう泥だらけだ。身体もベタベタした。いったいここはどこなんだろう。
 そう思ったとき、あいつは帰ってきた。
「よう、ボウズ。気分はどうだ」
 僕が振り返ると、ヴェトラフはニヤニヤ笑いながら、ゆっくりと僕の方に歩いてきた。翼も生えていないし、雨にひどく濡れて、とさかみたいに立っていた髪がすっかり寝てしまっていたけど、強烈な威圧感は変わっていなかった。
 彼は左手に濡れた紙袋を抱えていた。何が入っているんだろう? ここで僕を殺す為の、ありとあらゆる残虐な凶器だろうか。僕は震え上がった。
「ほら」
 僕はじっとヴェトラフの手元を見つめていた。右手が紙袋の中から、何かを掴んでこちらに投げつけてくる。僕はとっさにそれをキャッチした。
 それは、意外にも、小さなフランスパンだった。
「食えよ」
 ヴェトラフは僕の隣に座り込んで、缶コーヒーを開けて自分もパンをかじりはじめた。僕は受け取ったパンと、ヴェトラフの顔を交互に見ていた。
 こいつ、何を考えているんだろう。
「何だ? 遠慮してんのか? 腹減ってんだろ」
「い……いらないよ、お前みたいな悪党の持ってきたパンなんか!」
 僕は思わず叫ぶと、ヴェトラフは呆れたような顔で、自分のズボンのポケットを探りだした。出てきたのは、小銭と白い紙切れ。紙切れはコンビニのレシートだ。日付は、僕が今日だと思っていた日の、翌朝の5時10分24秒。店舗名はケルーブル企業団地北3号店。首都ワルコワの一つ手前の町だ。
「心配しなくても盗品じゃねえよ。今さっき、ちゃーんと、金を払って買ってきたぜ? どっかの誰かさんのお友達と違ってね」
 僕はどきっとした。
「ま、金が足りなかったんでコーヒーは俺の分しかねえけどな」
 ヴェトラフは缶コーヒーを一口飲んだ。まるでテレビの砂嵐を大音量で聞いているような、ものすごい雨の音だけが聞こえてくる。こんな雨の中を、ヴェトラフは傘も差さないで、わざわざパンを買いに出かけたのだろうか。
「……友達じゃない」
 僕の口から、言葉がこぼれ出した。
「ラドニスは、僕のいとこだ」
「いとこだぁ? 何だよ、それ」
「僕のお父さんの、弟の、息子がラドニスだよ」
「バーカ、んなこた聞いてねえんだよ。いとこってのは、万引きしたガムを相手のポケットに入れ合う関係のことかって聞いてんだ」
「そんなこと……!」
「俺は見てたぜ。雨宿りのために『止まってた』あのビルの上から」
 僕はすぐに言い返せなかった。一旦呼吸を整えて、
「……どうしてあんなこと言ったんだ」
言い返す代わりに、尋ねたかったことを尋ねた。
「お前が僕に万引きしてくるように命令しただなんて! それでラドニスや僕を助けてやったんだなんて、いい気になってるんじゃないだろうな!?」
 それをヴェトラフは鼻で笑った。
「助けた? お前こそ助けられたとでも思ってんのか?」
 僕はまた口をつぐまされた。
 ヴェトラフの言う通りだった。本当に万引きしたラドニスが罪を僕になすりつけて、そしたら今度はヴェトラフが、その罪を代わりにかぶっただけだった。罪がたらい回しになって、たまたま万引きよりもずっと重い罪をゴロゴロと背負っているヴェトラフが拾ったに過ぎなかった。誰も、あのコンビニの店長さんにきちんとお金を払って、万引きを謝った人はいない。それを、助かったなんて思うのは間違っている。
「おら、どうでもいいからさっさと食えよ」
「……こんな固いパン、飲み物なしでどうしろっていうんだよ……」
「ガタガタ言ってると殺すぞ」
 そう脅されて、ヴェトラフはたぶん本気で言ってるわけじゃないと思ったけど、僕は仕方なく一口齧った。ああ、パサパサしてる。口の中の水分が全部奪われていくような気がした。
 今頃、ラドニスはどんな顔をしているんだろう? ――ああ、そうか、今まだ朝の6時にもなってないんだ。ラドニスは寝てる。そして6時になったら起きて、いつものように朝食を食べて、いつものように誰よりも早く学校に行って、いつものように勉強するんだろう。
 悲しくなんかなかった。もっと疲れる感情だった。吐く物もないのに吐き気がした。こんなときに、パンなんか食べる気になれるもんか。
「どうしたボウズ? 涙が出るほど旨いのか?」
 僕は首を振った。
「その、反対だよ……」
 本当だ。僕は世界一まずいパンをいま食べている。きっと一生忘れられないだろう。
 こんなまずくて固いパンは、少しぐらい、僕の涙で湿気った方がいいと思った。


 雨は、まだ降り止まない。

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2010'10'20(Wed)20:33 [ 創作日記 ] . . TOP ▲