Our York Bar  
05≪ 2017| 12345678910111213141516171819202122232425262728293006/ ≫07
ヘヴンズ・セヴン第3章「旅立ち」2
ブログにするようなネタがないなら本編を書けばいいじゃない!
……ということで、最新分をお届け。
ここは、この次の話と続けて読まないと微妙なところなので、
そう間を空けずに次回分ものっけたいと思います。

 犯人だったベリンゼは、今年39歳。傭兵の中では最年長、そして唯一妻子がいた男だった。彼は由緒正しき上流貴族の当主だったにもかかわらず、4年前、妻子も家も捨ててアシュリオに従ってクレシア島にやって来た。容貌魁偉、ぎょろ目の厳つい鬚面。しかしそんな外見とは裏腹に、非常に心優しい性格で、畑を荒らしたり、ましてや村人を殴ったりなどするとは到底思えない人物だった。
 ベリンゼを連れて傭兵事務所に帰った後、アシュリオは、ガナッツとサイザによる取調べの席には同席させてもらえなかった。まずは同僚同士で腹を割って話をさせてほしいのだと、ガナッツに耳打ちされた。アシュリオは、未だに彼らにとって主君なのだ。それはこれ以上にないほどありがたい事だとは思うが、やはり疎外感を感じずにはいられない。
「一緒に入らないの?」
 勝手に傭兵事務所に付いて来たティエルとゼノと一緒に、アシュリオは応接間で待機していた。
「俺はまだ見習いだからね」
 アシュリオは笑顔を作ってみせたが、やはり動揺を隠せない。
「――どうしてベリンゼさんは、こんなことをしたのかしら」
「盗んだヤクソウタンポポを売って、金にしたかったんじゃないのか? 見たところ、お前たちは随分金に困っていそうだから」
 事件の詳しい概要をあまり知らないゼノは、ありそうな推論を口にした。これに対して、ティエルが首を振った。
「それは違うわ。お父様が言ってたもの、ヤクソウタンポポは踏み荒らされていたけど、盗まれたりしたわけじゃなかったんだって。タンポポをちぎったりしたのはあなただけよ、ゼノ」
「そうか。少々踏まれたくらいで傷む花ではないからな」
 ゼノはティエルの痛い視線を受け流しつつ言う。
「ならば、ベリンゼとやらには仕事を得たかったのだ。そして稼ぎたかったんじゃないか」
「仕事?」
 アシュリオは顔を上げた。ゼノは頷く。
「見たところ、このあたりはかなり平和そうじゃないか。傭兵事務所など作ったところで、ろくに仕事がない。そうだろう?」
 ゼノの言うとおりだ。畑荒らしが出れば、きっとウェストン卿が仕事を依頼してくる。だからベリンゼが畑荒らしを自作自演した、という説には確かに説得力があった。
「でも、どうしてそこまでしてお金を欲しがったんだろう。俺みたいな見習いと違って、正規の傭兵は基本給が高いから、仕事がなくてもそんなに生活には困らないはずなのに」
「それは、俺には分からんな」
 重い沈黙が流れた。アシュリオが小さなため息を何度かついた。
 するとノックの音が聞こえて、応接間のドアが開いた。ガナッツが入ってきた。取調べが終わったようだ。ガナッツは普段と同じような、落ち着いた表情だ。
 ガナッツは取調べの内容を教えてくれた。ベリンゼが犯行に及んだ動機は、ゼノが推理した通りだ。さらにその理由は、本国にいたころの贅沢な暮らしがどうしても忘れられず、もっとお金が欲しかった、という慎ましやかなベリンゼからは到底想像もつかないものだった。
「まあ、俺みたいな貧乏貴族上がりと違って、ベリンゼ先輩の実家はすごく裕福だったからな。もちろん、ティエルさんのところほどではないけど。人間、心の内までは分からないっていうことなのかもしれない」
 ガナッツは苦笑まじりに言った。いつもの彼とは少し様子が違うような気がする、とアシュリオは思った。部下が自作自演の犯罪をでっちあげた、という事の深刻さをごまかすために、無理に笑っているのだろうか?
「……お父様には、どう報告するの?」
 ティエルが小さな声でガナッツに聞いた。
「本当のことを正直に言うしかないと思っています。もう夕方だから、明日正式に俺が謝罪に行くつもりです」
「そう……ベリンゼさんって、きっとよほど困っていたんじゃないかしら。私も処分が軽くなるように、お父様に頼んでみるわ」
「ありがとう、ティエルさん」
 気がつけば窓から飛び込んできた夕日が、部屋中をオレンジ色に染める時間帯になっていた。
「ガナッツ先輩、俺、ティエルを家まで送り届けて来ます」
「ああ、頼んだよ」
「俺も行こう。その小娘の父親に、まだタンポポのことを謝っていない」
 アシュリオとゼノが立ち上がった。
 今度はさすがにティエルも、ガナッツさんと一緒がいい! とは言わなかった。


 本日のアシュリオの任務が、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
 この道をウェストン邸まで辿れば、「ぽよんぽよん弾む」という報酬を受け取ることができる。だが、アシュリオの気分は浮かなかった。
「お前は金持ちなのか、小娘」
 無言のアシュリオを尻目に、ゼノが失礼な質問を投げかけていた。
「小娘とは何よ! ティエルという可愛い名前があるんだから、それで呼んでちょうだい! 私、これでもこの島の領主の令嬢なんですからねっ」
「そうか。お前は金持ちで幸せか?」
 ティエルは返答に詰まった。
「少なくとも俺は、全く幸せではなかった」
「……あなたのおうちも、お金持ちなの?」
「ああ」
「へえ。どのくらいお金持ちなの? 貴族?」
「貴族ではないが、宇宙に一つ大都市を建造して、世界中を敵に回して戦争を始められるくらいだ」
 さすがのティエルも、これには考え込んで黙ってしまった。
「分からなくていい。……まあ、せいぜいこの小僧の事務所が潰れないように、口添えをしてやるんだな。せっかく金持ちの娘に生まれたのだから」
「そうね。あと、今日のアシュリオの依頼料もなるべく……」
 ティエルが言いかけたところで、アシュリオが叫び声を上げた。
「どうしたの?」
「任務完了書、持ってくるの忘れてた! 依頼主にサインしてもらわないと、仕事が終わったことにならないんだ」
 つまり、依頼主から報酬を受け取れないし、次の仕事を請けることもできないのだ。
「ええっ? アシュリオったら、うっかり者なのね。事務所まで取りに帰ったら? うちもすぐそこだから大丈夫よ」
「うん、ごめんね」
 アシュリオは踵を返して、走って傭兵事務所に帰った。玄関を開けると、事務所には誰もいない。ガナッツはまだ応接間にいるようだ。
「ええと、完了書、完了書……」
 ガナッツの机の上にあったはずだ、と思い出した。一声かけようと思い、アシュリオは応接間のドアをノックしようとした。すると、中から話し声が聞こえてくる。
「――ベリンゼ先輩、よほど焦っていたんでしょうね」
 サイザの声。
「気持ちは分からなくもないけどな……。こんな生活、もう何年と持たないだろう。俺たちに来年があるかどうかも分からない」
 ガナッツの声。二人の声は、暗く沈んでいる。何の話だろう? アシュリオは思わず立ち止まった。
「俺たちの稼ぎじゃ、自分が食っていくだけで精一杯だ。アシュリオ王子の立嗣の儀どころか、明日さえ知れないんだから――」
 何だ? 立嗣の儀? ――何のことを言っているんだ?
 自分の名前が聞こえて、アシュリオは思わずドアを開けた。

スポンサーサイト

2010'11'13(Sat)14:26 [ 普通の記事 ] . . TOP ▲