Our York Bar  
05≪ 2017| 12345678910111213141516171819202122232425262728293006/ ≫07
ヘヴンズ・セヴン外伝/「黒の色は君の色」
幻のヘヴンズ・セヴン暫定資料に載せる予定だったSS。
ところが暫定資料そのものが中止になってしまったため行き場を失うことに(笑)
しょうがないのでここで公開!

リィネとグルーダの出会いのお話。
思春期臭が出てればいいッ……。
SSというには若干長く短編というには短い、かな?
続きから。


「黒の色は君の色」

 この国は、にせものであふれかえっている。
 空も、海も、太陽も、星も月も雨も風も、この国でうつくしくひかるものは、にせものばかりだ。
 そう気付いてから、わたしの世界は急に白くかすみ始めた。
 みんなに「きれいだね」と言われてうれしかった銀の髪や白い肌も、味気ない、つまらない色にしか思えなくなった。
 みんなと同じ銀の髪。みんなと同じ白い肌。白い服、白い靴。
 わたしは、どんなに頑張ったって、あの方にはなれないと気付いたのだ。
 こんなにうつくしいにせものをつくりだす、サッフォーさまには。


「また、私の言いつけを守らなかったのか? 仕方のない子だね」
 艶やかな黒い髪と黒い衣をひるがえし、サッフォーさまはそうおっしゃった。
 決してわたしのことをおしかりにならない方だった。今日のように、わたしが呪文の練習をなまけても、すこしも腹を立てないで、やさしくほほえまれるだけだ。
 わたしは、期待されていないのだろうか。こんな、なまけ者のわたしは。
「いつか必ず、真剣に打ち込もうと思うときがくるだろう。お前にとって、それがいまではないというだけのことだよ」
 サッフォーさまは、まるでわたしの心と、未来をお見通しになっているかのように、そうおっしゃるのだった。


 そのころ、かなしい気持ちになったとき、わたしはひとりで砂浜に向かっていた。
 ここの真っ白な砂は、サッフォーさまが魔法でつくりだされたのではない、ほんとうの砂だという。
 ひとつひとつの砂粒が、どれもみんなほんもの。星くずのような形のも、まんまるいのも、誰かによってわざとらしく形づくられたものではない。自然と、そんな形になるのだという。わたしは、そういうものこそがうつくしいと思うから、砂浜が好きなのだ。
 けれどその日は、そこに先客がいた。
 はっとするような、黒い髪と黒い服のおにいさん。この国の人ではない、地上から来た人だと、一目で分かった。この国の人はみんな銀色の髪をしている。黒いお色はサッフォー様だけのお色。たいへんおそれ多いので、ほかの人が使うことは許されていなかったからだ。
 わたしは少し離れたところから、その人のことをずっと見つめていた。その人は、砂浜でひとり、とおい海のむこうを見つめていた。声も立てず、かなしい顔をして、涙を流していた。この国の人のだれとも似ていない、けれどもよく整ったうつくしい顔立ちをしていた。黒い服が砂でまみれていることも、気にならないようだった。
「あなたも、かなしいの?」
 わたしは思い切って、地上の言葉で声をかけてみた。彼はおどろいた様子で、涙をぬぐった。そうしてわたしに顔を向けてきた。
「わたしは、かなしいとき、いつもここに来るの。あなたもそう?」
 彼のとなりに、わたしも腰をおろした。彼は腰を浮かせて、少し私と距離をとって座り直した。
「すまない。君の場所だとは知らなかった」
 彼は地上の言葉で静かに答えた。わたしより、彼のほうが少し年は上だと思うけれど、それにしても、大人びた口調だった。
「いいのよ。砂浜はだれのものでもないわ」
「私には、あまり話しかけないほうがいいと思う」
「どうして?」
「見ての通り、私はこの国の人間ではない。地上の海で遭難して、三日前にこの砂浜へ流れ着き、ありがたいことにサッフォー様に拾っていただいた。けれど多くの人たちから、私はこの国に災いをもたらす存在だと思われているようだ」
「そうなの? でもわたしは、そうは思っていないわ。気にしないで」
 この国の人は、よそから来る人を簡単に受け入れない性質があるから、最初はそう言われるかもしれないけど、そのうち打ち解けてくるわよ。――本当はそう言いたかったけど、地上の言葉ではどういえばいいのか、見当もつかなかった。もっとサッフォーさまからきちんと習っておけばよかったと、このとき初めて後悔した。
「『……ありがとう』」
 でも、今度は彼が、この国の言葉でそう言ってくれた。そして、笑顔を作ってくれた。ぎこちないその言葉と表情とが、なぜだか私にはうれしくてたまらなかった。
「『きれいな海でしょう? この海は、サッフォーさまがお作りになったのよ』」
 わたしはこの国の言葉と身ぶり手ぶりを使って、一生懸命伝えた。
「『きれいだ』」
 彼もこの国の言葉で、返事をした。
「『地上の海も、きれい?』」
 わたしが上を指さしてたずねると、彼はまたかなしい顔をした。
「地上の海も、この海と同じようにきれいだ。だけど、二つの海は繋がってはいないという。サッフォー様に、二度と私の故郷へ帰ることはできないだろうと言われた」
 彼はふたたび地上の言葉でつぶやいた。その声は、波がよせる音にかき消されてしまいそうなほど弱々しかった。
「あなたの国は、きっと素晴らしい国だったのね」
「……どうしてそう思う?」
「この国の『ありがとう』を、もう覚えているなんて立派だと思うから。わたしたちが学校で最初に覚えた地上の言葉は『お腹が空きました。食べ物をください』だったもの」
 それを聞いて、彼は思わず吹き出した。すてきな笑顔だった。
「君は地上の言葉も上手だ。よく勉強したんだろうね」
「いいえ。もっとよく勉強しておけばよかったと思うわ」
 一生のうちで、こんなふうに地上の言葉を使うことがあるなんて、わたしには思いもよらないことだったのだ。
「ねえ、あなた、名前は? ――わたしはリィネよ、ヴァルシリィネラ。長いから、リィネ」
 彼は困ったようにうつむいた。
「私には、いま名前がない。私の国では、大人になると、子どものときに使っていた名前を捨てなければならない。でも、私は名前をいただく直前に、ここへ流されてしまった。新しい名前をいただかなければ、私はいつまで経っても子どものままだ……」
 それは、この国にはない習慣だった。同い年の子どもが大人になるとき、名前がいっぺんに変わってしまったら、覚えきれなくて混乱しないのだろうか。どうしてそんな面倒くさいことをするのだろう。わたしにはいまひとつピンとこなかった。
「それなら、サッフォーさまにお名前をいただけるよう、お願いしてみてはどうかしら?」
「よそ者の私が、か?」
「サッフォーさまは心のせまいお方ではないわ。きっと、あなたにすばらしい名前をくださるにちがいないわ」
 私は、よい提案をしたつもりだった。だけど、彼の表情は晴れないままだった。
「しかし、この国の名前をいただいてしまったら、私はもうジャポネの人間ではなくなってしまう」
「それは違うわ。あなたがまた自分の国に帰りたいと思うなら、ここでしばらくその方法を探さなくちゃいけないわ。それなのに名無しのままじゃ、不便じゃない? むしろ、あなたが帰るためには必要なことよ」
「しかし、私はもう帰れないと……」
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない。あなたが地上からここに来たのなら、ここから地上に帰ることだって、きっとできるはずよ」
 彼は私の目を見つめ返した。赤みがかった瞳も、サッフォーさまのそれとよく似ていた。
「リィネ、君は不思議な人だな。初めて会ったよそ者の私を、そうまで励ましてくれるなんて」
「よそ者だからというだけで冷たくするのがこの国の普通なら、わたしは変人でけっこうよ。わたしはわたしだもの」
 わたしは言い切ってはっとした。「わたしはわたし」――自分の口から、そんな言葉が出たことに、われながら驚いていたのだ。
 彼はまた笑ってくれた。だれだって、笑った顔が一番きれいだ。彼のようにうつくしい人なら、なおさらだと思う。
「『ありがとう、リィネ』」
 もう一度彼はこの国の言葉で言った。
「君の言うとおりだ。地上に帰る方法が、もしかしたら見つかるかもしれない。そのときまで、私はここで生きていかなければ……」
 どこか吹っ切れたように、彼は立ち上がった。そうしておしりの砂を軽く払って、もう一度海の向こうに視線を投げた。
「わたしも、あなたにえらそうなこと言っていられないわ。今日もサッフォーさまからの宿題、さぼっちゃったの」
「それは、あまりいい事ではないな。私の師はよく言っていた、『何が無駄で何が有益かなど、若いうちには正しく見極められないものだ。だから、大人の言いつけはよく守るようにせよ』と」
 彼は私に手をさしのべてくれた。その手を取って、わたしも立ち上がる。
「ねえ、サッフォーさまに名前をいただいたら、またここにいらっしゃいよ。地上の世界がどんなところなのか知りたいの。お話を聞かせてくれない?」
「こちらこそ、名乗ることもできないですまなかった。君さえよければ、また会おう」

「来てくれてありがとう。今日サッフォーさまが、わたしに名前をくださった」
 この日から、わたしの世界は色を取り戻した。
「私は、今日からグルーダと名乗ることになった。グルーダ・篁という。改めて、よろしく」
 この国は、にせものであふれかえっている。
 空も、海も、太陽も、星も月も雨も風も、この国でうつくしくひかるものは、にせものばかりだ。
「ヴァルシリィネラ・クラウゼマンよ。こちらこそ、よろしくね」
 けれど、こうしてふたりで見つめる海が、にせものだってかまわない。
 ほんものの、あなた。
 ほんものの、わたし。
 彼の鮮やかな黒が、わたしに教えてくれる。
 わたしたちは、この世界にほんとうに生きているのだと。

スポンサーサイト

2011'09'16(Fri)08:16 [ 創作日記 ] . . TOP ▲