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ヘヴンズ・セヴン/第5章「不良聖人・下」 2
下のアンソロ記事とサイトのほうに拍手ぽちぽちありがとうございますー!


最近文章熱とイラスト熱が交互に盛り上がってます。
今回はHSの続きをお届け。
前回分があまりにも説明不足だなあと思うところが数箇所あったので、修正版を先にサイトに格納しときたいなと思ってます。

書いてる分量の割に話が進んでいませんでした!
よろしければ、続きからどうぞ。

 丘の上の僧院に戻ってきた影閃を、今度は白髪の老僧が見咎めた。
 影閃の部屋――反省室――に向かう通路は、僧院の北西の角から細くひっそりと伸びていた。その手前で、老僧がこちらへ向かってきたのである。アシュリオは密かに老僧と影閃の頭を見比べた。老僧の真っ白な髪はふさふさしていた。剃髪のしきたりがあるわけではないらしい。そういえば、街で見かけた若い僧侶も、頭を丸めていた人はいなかった気がする。
「影閃、お前はまた脱走しておったのか? 午後の祈祷会はどうした」
 冷淡で乾いた声だった。
 影閃は質問を無視した。僧院に入ってくるまでみんなで談笑していたのに、いまは大僧正の部屋で出会ったときと同じように、悪そうな顔つきに戻っている。老僧は退かず、不良破戒僧とアシュリオたちの通り道を塞いだ。影閃はわざとらしく舌打ちをした。
「僧籍が祈祷会を無断で欠席することは、戒律で禁じられている」
「くだらねぇ」
「お前には、魔物の犠牲となった人々を悼む心すらないというのか」
「ああ、無いね」
 影閃はさらりと言ってのけた。無論、本心ではあるまい。ティエルが今にも老僧に吠えかかりそうな顔をしていたので、アシュリオはさりげなくそれを制した。老僧は怪訝そうに、アシュリオたちの顔を一通り眺めた後、小さく呟いた――「アレスティア人か?」、と。
 その何気ない調子で発せられた一言が、なぜかアシュリオの心を鋭く突き刺した。改めてアレスティア人だと言われると、妙に落ち着かない気分になるのだった。
「やれやれ、大僧正猊下はいつまでお前を甘やかすおつもりなのだろうな」
 大げさなため息をついて、老僧は立ち去った。影閃は無表情を貫いていた。
「何よ、今のおじいさん! 何にも知らないくせに、偉そうにさっ」
「あのジジイはアンゲンバルダ。この僧院の中じゃ、大僧正の次に偉い十二僧正の一人なんだ」
 ティエルは怒っているが、当の影閃は何事もなかったかのように歩き出した。実際、アンゲンバルダという高僧の説教は、彼の心に何ら影響を及ぼしていないようだった。
「さ、こっちだ」
 細く薄暗い通路をまっすぐ進むと、地下へ降りる階段が続く。反省室はその下にあった。
まるで独房のような格子窓つきのドアが5部屋並んでいる。そのうち4つは開きっぱなしになっているので、空き部屋のようだ。唯一閉まっている一番奥のドアが、影閃の部屋らしい。見た目は牢屋のようなのに、意外にも鍵はついていなかった。影閃が言うには、脱走は戒律で禁じられているので、戒律を守るべき僧侶が脱走するはずがない、という理屈からなのだという。戒律を破った僧侶が入れられるところなのに、である。
 そんな反省室の中は、影閃の手によって驚くほど快適に改造されていた。4人入るといっぱいになるような狭い部屋だったが、ベッドは豪華な羽毛布団と天蓋つきだし、机と椅子も装飾に凝った見事な工芸品だし、足元には高級そうな赤絨毯が敷かれている。
 壁際の、本来祈祷用の銅像を置くスペースは影閃の手によってクローゼットに改装されており、影閃が今着ているのと同じような若草色の僧衣が何着も吊るされていた。浴室にはシャワーも取り付けられている。
「はぁ……」
 アシュリオは、呆れたような、あるいは感心したような声を上げた。
「要するに、反省室の常連なんだな……」
「というより、もはや住人だな」
 ゼノが壁に目をやった。紙が貼ってある。細かい文字でびっしりと、戒律全文が書かれている。アレスティア文字を知らないゼノのために、アシュリオが読み上げる。
 一つ、殺生すべからず。一つ、姦淫すべからず、いわんや恋愛をや。――ゼノは眉を顰めた。アシュリオも首をかしげた。姦淫禁止のみならず、まして恋愛などもってのほかだ、とこの戒律は言っている。変わった戒律だと思った。ゼノが「ということは、愛のある姦淫より、愛のない姦淫のほうがましだということか?」と真顔で聞いてくる。アシュリオは「俺に聞かないでよ」と頬を赤らめた。
「わあ! ふっかふか~! うちのベッドほどじゃないけど、気持ちいいわね」
 ティエルが当然のようにベッドに腰掛けて、今日の寝床は決定した。お嬢様が天蓋つきベッド。男3人は絨毯の上で、足をクローゼットに突っ込んで寝ることになりそうだ。どのみち女の子を床の上に転がすほど、がさつな男はこの中に誰もいなかった。
「それで、モンスターというのは、どんな生き物なんだ」
 ゼノは絨毯の上に腰を下ろすと、長い足を窮屈そうに抱きかかえながら質問した。
「ん? あんた、ゼノとか言ったっけ。モンスターも知らないのかい?」
「俺のいた世界には、モンスターは空想上の生き物で、実在しない」
 ゼノはどこから来たのか、などという細かい事は、影閃には気にならないらしい。
「うーん、いざ説明するってなると難しいねぇ。要するに、悪い生き物のことさ。人間を襲う恐ろしくて悪い動植物、それがモンスター。オッケー?」
「なるほど。オッケーだ」
 ゼノは鸚鵡返しに頷いているが、本当はもっと厳密な学術的定義がある。グランシア暦1500年の世界合一以降に発見された新種の動植物のうち、1匹当たり1エラ・フェール以上の魔力をもち(1エラ・フェールは1エラ・ウェロンの水の温度を1クリロ上昇または下降させる作用を、1スペルで発生させることができる魔力に相当)、死後に肉体が即時風化を起こし消滅する(これをダーダリア崩壊と呼ぶ)もの。――こんな薀蓄を語っても話がややこしくなるだけなので、アシュリオは口出しをしなかった。
 影閃は話を続けた。
「アルトゥールの市街地の周囲は、最近モンスターだらけだ。ちょうど同盟戦争――アレスティアでは月光戦争って言うんだっけ? あの戦争が終わった頃から、急に増え始めたんだ。北の遺跡に、モンスターの親玉みたいなやつが現れたんだ。ちょうど俺の倍くらいデカくて、首から上は牛、下は人間の形をしてるが、肌の色は炭みたいに真っ黒で、これまたデカい棍棒を持ってんだ。名前はバルゴル。あいつは自分でそう名乗った。そいつがたまに街の近くまでやってきて、人間を襲うんだ」
「それが、お前が戦っていたという『馬鹿でかい化物』か」
 影閃は頷いた。アルトゥールの衛兵たちが市街地周辺のモンスター退治に当たっているが、強大なバルゴルには誰も近づこうとしない。それで、影閃が僧院を脱出し、ひとりでバルゴルに立ち向かっているのだ。その動機は、彼が先ほど食堂で語った通りなのだろう。
「本当はモンスターと戦ってるのに、どうして狩りをしてるなんて、嘘をつくの?」
 次はティエルが質問をする番だった。
「さっきも言ったろ? モンスターを殺すのも、狩りをして動物を殺すのも、一緒だからだよ」
「本当に、それだけ?」
「……それだけだよ」
 影閃が一瞬たじろいだことに、アシュリオは気付いた。影閃は何か隠し事をしているかもしれない。
「ふうん。やっぱりいい人なのね、あなた」
 ティエルは特に何かを感づいていたわけではなかったらしく、それ以上影閃を追及はしなかった。が、その代わりに、とんでもないことを言いだした。
「ねえ、そのバルゴルを、私たちでやっつけに行きましょうよ!」
「はあっ!?」
 アシュリオと影閃は一緒に声を上げた。
「アシュリオは傭兵さんだし、ゼノはめちゃくちゃ強い軍人さんだし、私だってちょっとくらいは魔法が使えるもの。みんなで力を合わせれば、どうにかなるわよ!」
 傭兵ではなくて、傭兵見習いだ。ゼノはともかく自分まであてにされては困る、とアシュリオは思う。
「……そりゃあ、力を貸してくれるなら正直助かるってもんだけど、かなり危険な話だぜ。あんたらはそれでいいのかい?」
「モンスター退治か。いいだろう。なかなか面白そうじゃないか」
 ゼノはあっさりと承諾した。かなり乗り気なようである。
「アシュリオに反対する権利はないわよね? だって私が雇ってるんだもの」
「そんな! 君との契約はもう終わって……」
「じゃあ延長しましょう。お金はちゃんとあります」
 ティエルは荷物の中から神聖白金貨を取り出し、その美しいきらめきを見せつけた。アレスティア通貨の中で、最高の価値を持つ硬貨だ。これ一枚で、数年は遊んで暮らせる。
 アシュリオは、反対する権利を喜んで放棄した。

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2012'05'28(Mon)20:58 [ 本編/ヘヴンズ・セヴン ] . . TOP ▲