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【読了報告】土佐岡マキ『嘘つきの再会は夜の檻で』
土佐岡マキさんの『嘘つきの再会は夜の檻で』を読みました。
テキレボ5の戦利品です。
毎月の300字SS企画で、土佐岡さんの作品は短くてもしっかりオチがついててすごく好きだな~! って勝手に思っておりました。
そしたらテキレボアンソロ「嘘」にも参加なさっていて、やっぱりとても面白くて。
(※ちなみにこちらです→「病と明かさぬ夕べ」 本書にも収録されています。)
本編があるですって!? 買います! と、無料配布の試し読みをすっ飛ばして購入させていただいたのでした。

主人公の江波透夏(えなみ・とうか)には辛い過去があります。
中学生のとき、自宅で母親が殺されたのです。現場にいた透夏自身も被害に遭っています。
その犯人として逮捕されたのは、透夏の友人で隣人でもあった西末悠(にしずえ・はるか)だったのですが、透夏の記憶は曖昧で、事件当時何があったのかはっきりと思い出せません。
透夏は悠との再会を望みますが、周囲の人々は反対します。
折しも透夏の身近で通り魔事件が起こり、悠の仕業ではないかと疑われるのですが……といったお話です。

ミステリーは特にネタバレ厳禁なジャンルですが、気をつけて感想を書いてみます。
続きからです。






私はこの作品を読みながら、物語において「ミステリー」は何のために存在するのだろう、と考えていました。
ここで言うミステリーとは「隠された真実」、つまり「犯人は誰か」「何が起こったのか」に加え、叙述トリック等によって後々開陳される事柄を含みます。

古今東西ミステリー小説は数多あり、謎解きそのものを楽しむものもありますが、ミステリーは作品の最も本質的な部分に光を当てるためのしかけであってほしいと個人的には思っています。
(私は「どうだ、すごいトリックだろ」と言われるともちろん「おお、すごいな」と思いますが、それだけで終わってしまう残念な読者です。)

タネ明かしがされて「騙された!」「そうだったのか!」と感じたとき、私はそれまで頭の中で作り上げていた仮説を再検証していきます。何が正しくて何を誤解していたのか。なぜ誤解していたのか。その過程で、作品の本質が鮮明になっていくのが好きなのです。

『嘘つきの再会は夜の檻で』は、まさにそういったミステリーの醍醐味が詰まった作品でした。
本作における最大のミステリーは、もちろん透夏の母が殺された事件の真相ですが、通り魔事件の真相や透夏を巡る人間模様など、小さなミステリーもふんだんに散りばめられており、そのひとつひとつが最大の謎に繋がっていく構成になっています。
(こりゃすごい)

しかしながら、このお話で一番重要なのはミステリーそのものではなく、その先にある透夏と悠の関係だと思います。
全ての真相が明らかになったとき、私は二人の間にある絆を何と呼ぶべきか、考えてしまいました。
帯に書かれたあらすじには「愛とは呼べない依存と執着の物語」とあります。
作者の土佐岡さんがそうおっしゃるのなら、二人の関係は「依存と執着」なのかもしれません。
でも、本当にそうなのでしょうか?
読者はその言葉を信じるべきでしょうか?
私には土佐岡さんの言葉さえ疑わしく思えてなりません。
何しろこれは、「嘘つき」の物語なのですから。

殺人事件が題材になっているので、もちろん若干の残酷な描写や、テーマの重さはありますが、読後感は切なくもほっとするような、温かいものでした。
総ページ数310ページとなかなかの鈍器ではありますが、するする読めますのでぜひお手に取ってみてください。

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2017'04'17(Mon)20:35 [ 同人誌の感想 ] . . TOP ▲