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庭田悠甫×鈴木梢 第二回公演「俺がいるだろ」&鈴木梢『文梢17 空間』の感想
去る4月23日、Twitterで相互フォローしていただいている鈴木梢さん(@SyKaku)のお芝居を観るべく高円寺まで行ってまいりました。
(ホームページはこちらです)
その際に鈴木さんの詩を集めた冊子『文梢17 空間』も配布されておりまして、そちらの感想も併せて書きますので、当記事のカテゴリは「同人誌の感想」になっております。

私は創作のほかに映画も好きで(2015年末に突然好きになったので、以前の映画は詳しくないんですが)、ありがたいことにTwitterには映画つながりの相互フォロワーさんもいらっしゃいます。
SNSでの交流が苦手なわけではないのですが、私の映画経験値がめっちゃ低いのでお相手していただくのが申し訳ないような気がして、こっそり栗やうなぎを持ってくるごんぎつねのごとく、イイネとRTを飛ばしているだけでリプはできないことのほうが多いです。(それラストで射殺されるやつだな?)

鈴木さんもそういった相互フォロワーさんのお一人で、映画関係のライターさんをなさっていて、映画にお詳しいだけでなく名だたるスターにインタビューされたりなさっていて(!)長いことごんぎつねしていたわけですが、文筆活動や演劇もなさっている方と知り、機会があったらお芝居拝見したいなあと思っておりました。
そしてこの度それが叶ったわけです。
(その節はお席の確保ありがとうございました!)

私自身の演劇経験はというと、小学校の学芸会と、中学校の演劇部のお手伝いくらいしかありません。
ですので何かおかしな感想を書いているかもしれませんが、ご笑覧いただけましたら幸いです。
(この辺で一旦畳みます)












「男が静かに語るとき。」
構成・演出:芦塚諒洋
出演: 芦塚諒洋、はぎの一

オープニングアクトでは西部劇映画についての解説がありました。「静か」とはほど遠かったですけども!(笑)
この後のお芝居は予備知識が必要なほど、ガチの西部劇なのか……!? と若干ビビりつつ(実際そんなことはなかったのですが・笑)お二人の掛け合いが面白くて、内容もためになるお話でした。メモ取りたかったくらい。
タランティーノのジャンゴは私も大好きなので、ニヤニヤしちゃいました。

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「THE SKY IS THE LIMIT」
作・演出:庭田悠甫&鈴木梢
出演:庭田悠甫、鈴木梢、清水紗彩
声の出演:入来院真嗣

西部劇的な舞台なのですが、なんと人々がゾンビ化して街が滅びてしまっているというアイデアからしてもう面白そうじゃないですか?
そんな世界で、作家になりたい夢をくすぶらせたまま独り閉じこもっている青年D(鈴木梢さん)のもとに、「除草剤のティム」(庭田悠甫さん)と名乗るなんだか暑苦しいガンマンがやって来る……というお話です。
……あの時代に除草剤ってあったんだろうか??(笑)

前半めっちゃ笑いました。
映画ネタがふんだんに仕込まれていましたが、どれもさほど映画を知らない人でも分かるくらいの有名なものだったんじゃないかと思います。たぶん。
でも一番笑ったのは「ウーパールーパーの女王」でした。いや、演じられている清水さんは全然ウーパールーパー似じゃないんですけども、そう言われたらそう見えちゃうじゃん!(笑)
ガンダムネタもありました……よね? 「君のお父上が悪いのだよ」(うろ覚え)にひとりでぐっと来てました。
「四番目に生まれたんだ」「刻の涙(?)」もそう……かな?(やはりうろ覚え……)

前半たっぷり笑わせておいて、後からシリアスに舵を切る展開も好きです。
ティムみたいなウザいやつ(褒めてる)大好きなんですが、後半には彼にも悲しい過去があると知ってしんみり……。
「人生は夢の数だけ輝いて、後悔の数だけ濁る」(いい台詞!)と言ったティム自身の人生もまた、すごく濁っていたのだろうと思いました。だから彼がゾンビをなぎ倒しながら進むシーンは、そんな濁りを吹き飛ばすかのようで本当にかっこよかったです。

アンケートにも書いたことですが、もしかしたらDにとって外に出られなくなったことは、都合が良かったのかもしれない、と思うところもあります。
作家の夢を追うことは素敵だけれど恐ろしいことでもあると思います。書いても書いても誰からも見向きもされないかもしれないし、自分に才能がないことを思い知らされるかもしれない。諦めるための理由を自分の外に得ることは、時に幸運でもあると思うのです。
だからティムがDにしたことは、(二重の意味で)すごく残酷だし、それまでのDなら受け入れられなかったかもしれないけれど、ティムと出会えたからこそDも変われたんだな、と思います。
タイプライターの音が響くラストが素晴らしかったです。

以上が観客としての感想で、少しだけ創作クラスタっぽいことを書き足します。
このお話は三人称だな、というお話。
仮に私がこのお話を書くとすると、Dの一人称にするだろうなと思ったんですね。
その場合最初のナレーションもDが話すでしょう。
「俺はここに閉じこもり、食糧が尽きて飢え死にするのを待つだけ。……そう思っていた、あいつが来るまでは……」みたいな。
(よくありそうな感じしませんかコレ……)
ですが実際のお芝居では、入来院真嗣さんによるテンションの高いナレーションから始まりますよね。

こういうお話だと、一人称のほうが観客が感情移入するべきキャラクターが分かりやすくて、書き手としては比較的簡単な感じがします。
ただそれだとDがローテンションなので、その後登場するティムが面白いことを言っても観客がすぐに笑う気分になりにくいだろうなあと。
私はそこに小説とは違う舞台らしさとか、お二人の「より良いものを作ろう」「楽しい作品にしよう」という意志を強く感じましたし、すごく笑わせていただくことができました。

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鈴木梢『文梢17 空間』

こちらは当日配布されていた冊子で、鈴木さんの詩が9編収録されています。
いずれも物語性が高く、多くが暗めな作品です。「クリーンな世界」は、ディストピアSFな短編小説が書けそう。

面白いな、と思ったのは、主人公の一人称「僕」「私」が多く使われていて、主人公が読者に「見られる」存在であること。
たとえば「満ち引き」の「僕はそれを見てる」は無くても意味は通るけれど、この言葉によって読者の視点は主人公の外に設定されるんですね。
映画がお好きで演劇もされている鈴木さんらしい表現だ、と言うのは短絡的すぎるでしょうか。
「石灰で線を引く」「満ち引き」「ブートニア」のような前に進めない人たちの自意識がにじむ作品たちは、読んでて楽しい! ウキウキする! というものとは違うんですけれども、「なんか分かるな」としみじみ思えるものばかりです。

私は普段詩を読みません。
おそらく小説よりも抽象的なぶん、評価が主観的な好悪に依るところが大きいからなのかなと思います。(もちろんそれが詩の欠点だというのではなくて、私の好みの問題に過ぎません)
ひょっとしたら、「なんかイイ」という理由の分からない心の動きを、無意識に恐れているのかもしれません。

収録された9編は、鈴木さんがお仕事で書かれているネット記事=消える言葉に対して、「少しでも残る言葉、消えない言葉」を、と書かれたものたちです。
「消えない言葉」とは、もちろん紙媒体に印刷されるという意味ではないでしょう。 「忘れられる権利」が言われるくらいネット上の言葉が残り続ける現代では、紙に書かれた文字のほうがかえって儚いような気がします。
でも、たとえ紙が燃やされても、書かれていた言葉自体が忘れられても、読者の「なんかイイ」「分かる」という感覚はずっと残ります。
そのとき言葉は本当に消えないものになるのではないだろうか、とそんなことを考えました。

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だらだらとまとまりがない感想になってしまいました。
『文梢17 空間』は、新高円寺のライトサイドカフェさんというお店にも置いてあるそうです。
メニューもおいしそうです。行ってみたい……。
鈴木さんは12月にもう一本公演を予定されているということで、どんなお芝居になるのかいまから楽しみにしております!

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2017'04'29(Sat)17:01 [ 同人誌の感想 ] . . TOP ▲