Our York Bar  
10≪ 2017| 12345678910111213141516171819202122232425262728293011/ ≫12
【読了報告】並木陽『斜陽の国のルスダン』
並木陽さん『斜陽の国のルスダン』を読みました。
第0回静岡文学マルシェ (2016年6月) での戦利品です。
並木さんのご本を読んだのはこれが初めてです。
(ラジオドラマもありますが、とりあえずここでは原作についての読了報告です。)
※脱線しまくっているので感想文だけでいいわという方は次の赤字まで飛ばしてください……

ここを読みに来られる方にはいまさら紹介の必要もないでしょうが、13世紀のグルジア女王・ルスダンの波乱に満ちた生涯を描いた作品です。
「いまいちピンと来ないなあ」という方のために先に言っておきますと、当時のグルジアと日本との間には大きな共通点があるんですよ!

と、まるでグルジアの歴史に詳しいかのような口ぶりですが……(笑)
数年前まで、私のグルジアについての知識は、「たぶんヨーロッパの東のほうで、なんとなく名前くらいは聞いたことがあるかもしんない」という程度でした。
たぶん日本人の大半は、私と同じようなものではないかと勝手に思っています。

その国のことを日本では公式に「ジョージア」と呼ぶようになったと知ったのは、2015年末に「独裁者と小さな孫」という映画を観たときです。
架空の国の独裁者(おじいちゃん)と孫(女装ショタ)の逃避行を描いた作品でした。
小さな孫が言う「あーんちゅけび!」という言葉がいまでも耳に残っています。字幕は「明かりをつけろ」だったか「明かりを消せ」だったか忘れてしまいましたが……あれがジョージア語なのでしょうか。
この映画をきっかけに、ジョージアという国に少し親近感が湧いてきた時期に『斜陽の国のルスダン』の存在を知り、翌年6月の静マルで購入させていただきました。

ちなみに2016年には「みかんの丘」「とうもろこしの島」という2本のジョージア映画が公開されています。いずれも、ジョージアとアブハジアとの間で起きた紛争が背景にある作品です。
どちらもすごくいい映画だったんですが、個人的には「みかんの丘」のほうが見やすかったです。「とうもろこしの島」はセリフがとても少なく、映画館でウトウトしてしまった記憶があります……。
3本ともソフト化されていますので、興味のある方はぜひご覧になってください。

話は逸れましたが、ともかく、私にとってグルジアは非常に縁遠い国でした。
まして13世紀だなんて。
私は世界史もほとんど履修していませんし、当時のグルジアがどんな国だったのか全く知らない状態で、この本を手に取ったわけです。
世界史はさっぱりでも、日本史なら少し分かるかも、と学生時代の記憶を掘り起こしてみます。
鎌倉幕府の滅亡は1333年、「いちみさんざん」なんて暗記したなあ。13世紀というとその少し前か。
そういえばなんで鎌倉幕府って滅びたんだっけ――13世紀には、その一因となった大きな事件がありました。
そう、「元寇」です。げんこう!
(執権北条時宗が新刊を落として壁サーだった鎌倉幕府が崩壊するさまを想像し……ませんね)
日本は文永の役(1274)、弘安の役(1281)の二度にわたって元(モンゴル)の襲撃を受けました。
元と戦った御家人に褒美として所領を与えることができず、「御恩と奉公」が成立しなくなり鎌倉幕府滅亡の原因となった――というようなことが、私の教科書には書いてあった気がしますがいまはどうなのでしょう。

文永の役よりも少し前、グルジアもまたモンゴルの侵攻を受けています。
これが、先に書いた「グルジアと日本との大きな共通点」です。
日本では台風が来たおかげでモンゴル軍は敗退しましたが、グルジアではどうだったのでしょうか。
『斜陽の国のルスダン』は、ちょうどその時代を描いたお話です。
(ようやく続きから感想文です……)






歴史小説は、歴史に疎い人にこそ開かれたものであってほしいと私は思っています。
どんな小説でも、特別な知識なしで楽しめるように書いてほしいものです。かといって、小説を手に取るときに世界観や歴史の持って回った解説文がくどくど書いてあるとうんざりしてしまいます。
「知識ゼロでも分かるように書いてあってどっぷり世界観に浸れるお話だといいな\(^o^)/」
……そんな身勝手な読者のわがままを、『斜陽の国のルスダン』は、十分に満たしてくれました。

まず、登場人物たちがすばらしく魅力的なのです。
天真爛漫で純真な少女から、冷徹な女王に変貌していくルスダン。
少年の頃から一途にルスダンを愛し続けるディミトリ。
主要キャラからほんの少ししか登場しない人物に至るまで、ひとりひとりがさりげなく書き分けられ、決して長くはない物語の中でさながら宝石のごとくひしめき合っています。
宝石が光の当たる方向によって違う輝きを見せるように、登場人物も場面によって少しずつ違った顔を見せ、絵空事ではない人間の複雑さが見事に表現されています。
たとえばはじめにっくき敵役として登場するジャラルッディーンも、ときに王たる者の度量の広さをにおわせて魅力的です。
きっと読者それぞれにお気に入りの登場人物が生まれることでしょう。
私はルスダンやディミトリももちろん大好きですが、一番気になったのはホラズムの書記官ナサウィーでした。
ナサウィーはジャラルッディーンの忠臣ですが、二言目にはお金の話を持ち出す人で、自軍にたくさんの戦死者が出ているときでさえ「遺族年金の計算が大変です」(p105~106)なんて言ってのけます。
コメディリリーフ的な役割も果たしていますが、同時に主君のためならどんな恐ろしいことでもやってしまいそうな、底知れぬ怖さも併せ持つキャラクターだと思いました。
「ナサウィーの一日」みたいなスピンオフがあったらぜひ読みたいです……(笑)

もちろん歴史小説は現代日本と違う時代を描くので、ある程度解説的な描写は不可欠でしょう。
そういう部分はともすると堅苦しくなってしまい、作品への没入感を妨げがちですが、並木さんの筆はそれを絶妙なバランスで盛り込んでいます。
当時のグルジアを取り巻く情勢を理解すればするほど人物への共感が深まり、その逆もまた然りなのです。
先に述べた通り私にはまったく世界史の知識がありませんが、少しも問題なく物語にのめり込んでいけた――それどころか、知的好奇心を刺激されながら興味深く読むことができました。
史実にまつわる部分で一番印象に残ったのは、モンゴルがイスラム教のホラズム・シャー朝を破ったとき、キリスト教圏にモンゴルを救世主だという噂が流れた、というくだりです。当時の二元的な世界観と同時に、つい自分たちに都合の良いほうに考えたがる人間の性質を垣間見た気がします。

抽象的な感想ばかり長々書き連ねて恐縮なのですが、ストーリーについても少し書かせてください。
歴史小説は史実に則しているからこそ、その描き方には作者さんの個性が如実に出るものと思います。この作品において私がすごく好きなのは、一見吉と思える出来事が必ずしもそうではないこと、一難去ってまた一難という人生のままならなさが描かれていることです。
「とりあえず、よかったな」と読者がほっと息をついたのもつかの間、直後に思わぬ危難に見舞われるルスダンの人生。
それを物語として見事な緩急で語る並木さんの手腕にはただただ脱帽です。
しかも何気ない描写にもそれとなく伏線が潜んでいて、後のシーンで効いてくるように丁寧に書かれています。
個人的に大好きなのはルスダンとディミトリのダンスシーンです。一緒に踊るけれど触れはしない独特な踊りは、思えば二人の行く末を暗示しているかのようでした。
「コーカサス山脈の純白の頂きが、目を射るほどに強く輝いた。」(p.7)
この美しい書き出しが、再読の際にはまた別の意味を持って胸に迫ってくることでしょう。
再読、再々読、何度でも読み返しに耐えうる強靭さを備えた小説です。

『斜陽の国のルスダン』はあくまでも並木さんの創作ですので、全てが真実とは限りません。
もしかしたらルスダンは本当に愚昧で淫蕩だったかもしれないし、ディミトリもこれほど一途ではなかったかもしれません。
しかし虚構を通じて史実への新しい視野が拓かれる感覚は、歴史小説ならではの醍醐味だと思います。
本当のところはどうだったのだろう。もっと知りたい。
読了後、私はそんな気持ちになりました。
既読の方、またはラジオドラマを聴いた方、ルスダンやジャラルッディーンなどのウィキペディアを読みませんでしたか?
この物語の後、グルジアやルスダンの子どもたちがどうなったのか調べませんでしたか?
なぜ「グルジア」が「ジョージア」になったのか、理由が気になりませんでしたか?
もし私と同じことをした方がいらしたなら、並木さんが紡いだ物語を通じて、グルジアが、そして現代のジョージアが、もはや無縁の国ではなくなった証拠だと思います。
ルスダンたちには、およそ800年も経った後、モンゴルよりもはるか東の島国の人々が自分たちに思いを寄せているなんて思いもよらないことでしょうね。
彼女の国は呼称を変えていまも残っています。その国に親しみを感じる人が増えたということは、少しだけ世界がよい方向へ変わった、並木さんが変えたのだと言っても、言い過ぎではないのではないでしょうか。

スポンサーサイト

2017'08'28(Mon)18:16 [ 同人誌の感想 ] . . TOP ▲