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【読了報告】まるた曜子『野をゆくは魔女と景狼』
まるた曜子さん『野をゆくは魔女と景狼』を読みました。
テキレボ5での戦利品です。
昨年末から読み始めたのですがなかなか読書の時間が取れず、そのまま年を越してしまいました。
でも、今年は戌年だからちょうど良かったのかもしれません。オオカミはイヌ科だし!
(あっ、あけましておめでとうございます。)

さて「野ゆき」の舞台は第一次世界大戦後から第二次世界大戦後にかけての非交戦国スヴェーリエ(スウェーデン)。《魔女》のリネーアと、その《僕》である狼オメガの物語です。
素人目から見た感想ですが、20世紀初頭の北欧情勢、スカンディナヴィアの自然や文化風俗にまで行き届いた描写がとても魅力的です。

「魔女」シリーズを読むのは『僕の真摯な魔女』に次いで2冊目です。
《魔女》は《運命の人》と出会うと、その人と交わらねばならず、次代の《魔女》を産んで死んでいきます。
《運命の人》がたとえどんなひどい男だろうと、《魔女》にほかに大切な相手がいようとまだやりたいことがあろうと関係がありません。
運命の人との出会い――「魔女」シリーズのそれは、甘やかな響きから受ける印象とはまったく違ったものでした。

私は「僕魔女」を読んだ時、魔女のシステムとはなんと残酷だろうと思いました。けれども自らの宿命を受け入れ、その中で得られる最大の幸せを選び取ってゆく《魔女》の姿は二作を通じて凛としていて(それでいて可憐で)、胸を打たれます。

「野ゆき」では、人間のことも考えました。

みんなみんな、親しいひとに死んで欲しくなんかなかった。だけど彼らは言うのだ、『国を、愛する人を守るために戦うのだ、名誉と誇りを胸に!』そして死ぬ。(本文52ページ)

《魔女》と違って、人間には《運命の人》のような絶対的なさだめはありません。けれども人間は愛とか信条とか、または周りの雰囲気とか、さまざまなものに縛られて、時として自ら不幸になる選択をします。
絶対に逆らえない過酷な運命を背負うのと、いくつもあるはずの選択肢からわざわざ不幸なものを選んでしまうのと、本当に不幸なのはどちらだろう。《魔女》の一歩引いた視点から戦時下の人々を見つめると、そんなことを考えさせられました。
少なくとも、リネーアとオメガは不幸ではなかったでしょう。というよりも、誇り高い《魔女》とその《僕》の在り方を、われわれ人間が勝手に幸だ不幸だと評するべきではないと感じました。
私たちにできるのはただ、まだ雪の残るスカンディナヴィアの大地を駆け抜けていく二匹の狼を、敬意と一抹の哀惜をもって見送ることだけなのです。

素敵なご本なのでみなさんぜひ……と申し上げたいところですが、もう在庫がほとんどないとのことだったと思うので(2018.1.2現在)とりあえずシリーズ未読の方には『僕の真摯な魔女』をオススメしておきます。こちらも、よいですよ。


(追伸:えっちなところはくいいるようによみました)
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2018'01'02(Tue)23:53 [ 普通の記事 ] . . TOP ▲